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「獣医学つれづれ草」 第4話 田村 豊 先生

質量分析による細菌の迅速同定法

-日本発の技術で大きく進化-

 

酪農学園大学名誉教授 田村 豊

 

最近、医学関連の学会に参加すると盛んに紹介されているものにマトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析計(MALDI-TOF MS;Matrix Assisted Laser Desorption/Ionization-Time of Flight Mass Spectrometer)による細菌の迅速同定法1)があります。その簡便性や迅速性から、すでに大学病院を含め大手の病院の細菌検査室や臨床検査会社に導入されており、医療における細菌学的な臨床検査の主流になりつつあります。また、獣医学領域においても酪農学園大学を始めてして獣医系大学での設置が増加しており、将来的に細菌の同定法として確立するものと期待されます。そこで今回はMALDI-TOF MSによる細菌同定法について概要を紹介したいと思います。

タンパク質などの分子の重さを計ることが質量分析で、この分析により未知の試料にどのようなタンパクがどのくらい含まれているかも知ることができます。実際には、試料をイオン化し、イオンを分離して検出することで分析できます。細菌の同定に使用される方法は、マトリックスという試薬と調べようとする細菌試料を混和してレーザーを照射することによりイオン化し、真空中のある一定の距離をイオンがどのくらいの時間で飛ぶかを計測して質量を求めるものです(下図参照)。この技術の発端に成ったのは2002年にノーベル化学賞を受賞した島津製作所の田中耕一先生が開発した「生体高分子の質量分析法のための脱離イオン化法」の技術であり、この分野へ日本が大きく貢献したことになります。

細菌の同定への応用を見てみれば、細菌に由来したタンパク質成分は菌種によって特徴的であり、各種細菌のタンパク質の分子量情報のパターンから、従来は培養などで何日かかかったものがわずか5分足らずで細菌の同定ができるという画期的な技術です。ただ問題点としては装置が非常に高額であることや、菌種に関するデータが医学細菌学に偏っており、相当に改善されているものの動物由来細菌や環境細菌などは現時点で同定できない菌種が多く含まれていることなどです。しかし、イヌの膿皮症の主な起因菌とされるStaphylococcus pseudintermediusは、これまで遺伝子検査でしか同定できなかったものが、最近、この方法で他のStaphylococcus属細菌と区別して同定できるようになりました。今後、さらに動物あるいは環境由来細菌の情報が集まることによりデータベースが完備されることにより、医学以外の分野での応用範囲は格段に増加するものと考えます。さらに臨床細菌学では必須の薬剤感受性試験も、MALDI-TOF MSでの応用研究が盛んに行われています。例えば、細菌の産生するβ-ラクタマーゼによるβ-ラクタム薬の分解物を検出することで間接的に薬剤耐性の有無を評価するなどです2)。まだ実用化段階ではないものの今後の応用が期待されます。

細菌の分類といえば、歴史的に集落の性状、細菌の染色所見や生化学的性状をもとに実施されてきました。その後、細胞壁の組成や、脂質や脂肪酸の種類をもとに化学分類が加味され、さらにDNAのGC含量などを分類指標とされてきました。近年、16S rDNAの塩基配列に基づく分子進化学的な系統分類が多用されてきました。そしてポストゲノム時代になり今回紹介した質量分析を用いた細菌タンパク質を用いた手法へと進化したことになります。従来法で細菌を同定するには、多くのknow-howがあって、簡単には実施できない分野でした。それが細菌を培養できれば簡単にそれも迅速に同定できるわけで革新的な技術といえそうです。

弊社では今後の微生物検査の必要備品ということで近々にBRUKER ANALYTIK社の微生物分類同定分析装置であるMALDIバイオタイパーの設置が予定されています。現在、顧客の皆様にどのようなサービスが提供できるかを検討しています。近い将来、本機を用いた試験の受託サービスを開始したいと思いますので乞うご期待です。一方、本機により獣医学生の卒論研究が効率的になったものの、分離菌をグラム染色し、各種生化学性状を調べ、Bergey’s Manualと首っ丈で菌種を同定した者としては、細菌学教育としてこれで良いのかと悩むこともあります。時代が変わろうと細菌の同定は細菌学の基礎であり、形態や生化学性状を基本とすることに変わりがないように思います。基本的な古典技術と効率的な最新技術とをいかに獣医学生に教育するかが今後も悩むことになりそうです。

 

 

1)大楠清文:質量分析技術を利用した細菌の新しい同定法,モダンメディア

58(4):113-122,2012.

2)Hrabak J, et al., Carbapenemase activity detection by matrix-assisted laser desorption ionization-time of flight mass spectrometry, J Clin Minorobiol, 49(9):3222-3227, 2011.

 

MALDI-TOF MSによる細菌同定法の原理(Croxatto A. et al.,: FEMS Microbiol Rev, 36(2):380-407, 2012.)

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