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「獣医学つれづれ草」 第13話 新たな畜産の脅威-代替肉の最前線- 田村 豊 先生

新たな畜産の脅威-代替肉の最前線-

酪農学園大学名誉教授 田村 豊

 

家畜衛生をめぐるわが国の現状を概観すると、高病原性鳥インフルエンザの蔓延や豚熱の持続的な発生、さらには近隣諸国や地域でのアフリカ豚熱の発生など、家畜伝染病が畜産に対する最大の脅威となっています。また、家畜の飼育に伴う地球温暖化に関わる温室効果ガスの産生やアニマルウエルフェアーの遵守、生産費の高騰など畜産を取り巻く環境の厳しさが増しています。特に飼料の国内自給率(可消化養分総量ベース)は粗飼料で70%を超えているものの、肥育に重要な濃厚飼料は10%をやや超える程度で多くを輸入に頼らざるを得ず、解決困難な生産費高騰の原因となっています。さらには人獣共通感染症の原因となる病原微生物や医療上重要な多剤耐性菌が家畜から高頻度に分離され、食肉を介して人に伝播する公衆衛生的な問題も懸念されています。このように人間が生存するために無くてはならない動物性タンパク質を供給するわが国の畜産を維持・推進するには極めて厳しい状況にあるようです。最近、畜産の置かれた現状に追い打ちをかけるように、代替肉の開発が盛んに行われており、一部実用化された事例も知られています。代替肉は畜産が潜在的に抱える問題点を克服する可能性があることから、今後益々発展し畜産の地位を脅かす存在になるものと思われます。そこで今回は、新たな畜産の脅威となる代替肉に焦点をあてて、その現状を紹介し、畜産が取るべき対応について考えたいと思います。

 まず、代替肉が持てはやされる背景として、世界人口の推移と食料需要の予想との関連があります。ある統計によれば、2010年に比べ2050年の世界人口は1.3倍に増加し、食料需要も1.7倍になると予想されています1)。ところが必要な動物性タンパク質を補うために家畜を飼育すると、牛肉1㎏生産するのに11kg、豚肉1㎏生産には6㎏、鶏肉1㎏では4㎏の穀物飼料2)が必要とのことで、食料需給の観点から見ると、畜産は非効率な産業となっているのです。さらに、肉牛を生産するには20.6トン/kgもの水を必要3)とし、温室効果ガス排出量も世界全体の約15%が畜産由来であり、その約65%は牛(牛乳を含む)の飼育に関連4)するなど、畜産はまさに環境負荷の原因ともなるのです(図15)。加えて、欧米人の健康志向の向上(肥満の軽減や生活習慣病の抑制など)や、人口増加と環境問題意識の高まり、アニマルウエルフェアーの普及、新型コロナウイルス感染症の流行(と場の閉鎖など)なども世界的な代替肉の市場形成の背景となっています。これらの畜産が抱える問題点を克服する手段として代替肉の開発と実用化が加速度的に世界各国で進められているのです。

 代替肉(meat alternative)は食肉の代替として作られた食品のことで、主に植物が原料の植物肉(plant based meat)と家畜の筋肉細胞の培養肉(cultured meat)の2種類からなります。植物肉は植物性原材料(大豆、小麦、エンドウ豆、ソラマメなど)で製造され、大豆ミートが最も開発が進んでおり、ハンバーグやボロネーゼやピザなど多くの市販品も存在しています。さらに最近では植物肉に特化した飲食店もいくつか知られています。植物肉は基本的に菜食嗜好者に対する食品であるものの、菜食主義者(vegetarian)にもいろいろとあるようです。例えば、乳製品と卵は食べる乳卵菜食(ovo-lact-vegetarian)や、乳製品は食べる乳菜食(lact-vegetarian)、脱動物虐待搾取主義で乳製品、卵、蜜蜂、絹、羊毛などの動物虐待で搾取した製品を消費しないビィーガン(vegan)、柔軟な菜食主義者であるフレキシタリアン(flexitarian)と様々です。したがって、植物肉には消費者の嗜好に合わせるように、動物性タンパク質を含むものと、含まないものがあります。培養肉の改良型として、大豆などの植物由来の原材料を使用して、海藻成分で魚の風味と食感を再現した代替シーフードも開発され、代替マグロやサーモンなどが市販されています。植物肉の欠点としては、味や食感が本来の食肉を完全に再現していないことや、供給量が少なく価格が高い点が挙げられます。特に日本人の味覚は鋭く微妙な食感や味の違いを識別しますので、食肉を完全に再現することが高いハードルのようにも感じます。

 一方、培養肉は2013年8月に世界初の培養肉バーガーの試食会がロンドンで開催されたとのニュースが世界を駆け巡りました6)。筋肉細胞のシート状の細胞培養はできても立体構造を再現することに長期間を要するだろうと考えていた我われを驚かしました。開発したのはオランダのマーストリヒト大学のMark Post教授で、牛の筋肉細胞を培養して人工肉を作成し、それに塩と卵粉、パン粉を加えて、ビートの根の赤いジュースとサフランで着色してパテイを作成しました。140gのパテイの製造には25万ユーロ(約3,300万円)がかかったそうで、試食会では2人にハンバーガーが提供されました。この培養肉の歴史を紐解いてみると、最初に予言したのは英国の政治家であるFrederick Edwin Smithといわれ、1930年に「牛肉や鶏肉はいずれ培養で作られる」と述べました7)。また、時の英国首相であったWinston Churchillも50年後に培養肉が実用化されることを予言しました。実際に1950年代にオランダの医師であるWillem van Eelenが細胞培養から肉が形成される可能性を示し、1999年に工業的に培養肉を生産する基礎的手法を開発して特許を取得したことで、我われが培養肉を周知することになったのです8)。その後、培養肉の開発に医師など医学分野からの協力が得られ大きく前進するようになるのですが、医学分野が参入する理由は将来的に再生医療への応用にあるようです。さらに、無菌操作が可能な培養肉により確実に食中毒や人獣共通感染症が激減するでしょうし、細胞培養に抗生物質を使用しなければ薬剤耐性菌の制御も可能となり、究極の薬剤耐性菌対策にもなるのです9)。2005年に培養肉の生産方法が科学誌に掲載10)されて、いよいよ実用化の道筋が見えてきて、2013年に先に述べた培養肉によるハンバーガーの試食会に繋がるのです。2017年には、アメリカのMemphis Meats社は鶏の幹細胞を使った培養肉の製造に成功しました。2020年のニュースによれば、米国のスタートアップ企業であるEatJust社がシンガポールで世界初の培養肉の販売許可を得て、レストランでチキンナゲットとして提供したそうです11)。2022年にオーストラリアのVow社も培養肉をシンガポールでの提供を開始すると発表しています。これで様々な培養肉が世界各国で販売されるという実用化段階にさらに近づいたようです。

 では日本の培養肉に関する状況はどうでしょうか?欧米に対して日本はこの分野の参入に随分と後塵を拝したようです。日本で独自に生産され世界から絶賛される味と食感を誇る和牛肉に対する絶対的な自信が培養肉の開発を遅れさせたのでしょうか?それとも先に述べた畜産が抱える問題点を軽視した結果なのでしょうか?我われが日本発の培養肉として最初に認識したのは、2015年に「細胞農業」で持続可能な世界を目指すインテグリカルチャー社が創業され、無血清基礎培地と細胞培養のための装置を開発して、ニワトリとカモの肝臓由来細胞培養によりフォアグラの作成に世界で最初に成功したことでした12)。その後、2019年に東京大学の竹内昌治教授と日清食品ホールデイング社との共同研究で、牛の筋肉細胞を立体的に培養してサイコロステーキ状の培養肉(1.0x0.8x0.7㎝)を作成しました13)。2022年には独自で開発した「食用血清」と「食用血漿ゲル」を使用して食用可能な培養肉を作製し研究関係者による試食を行いました(図214)。さらに東京女子医大の清水達也教授は、再生医療の研究で得られた技術を用いて、大量培養が可能な藻類による循環型培養システムを用いた培養肉の開発を行っています15)。まだまだ基礎的段階であり、実用化のための研究開発は加速する必要があるものの、やっと欧米と培養肉に関して議論できる研究成果だと思われます。

最近、食品の調査会社が日本の消費者に食品についてアンケート調査を実施したところ、代替肉の認知度は80%以上と高いものの、抵抗感のある食品として培養肉は5位で68%の方が、植物肉は10位で30%の方が避けると答えています16)。しかし、世界規模での食肉の消費予測のデータを見ると、2025年から15年後の2040年には代替肉が60%を占め、その35%が培養肉になるとのことです(図317)。日本の市場規模予測を見ても、植物肉では2020年に390億円であったものが2030年に2,860億円と増加し、培養肉では2025年に75億円であるものが2030年に350億円に増加するとされています18)。つまり、抵抗感はあるものの代替肉が相当の速度で普及し、現在の食肉が半分以下に圧縮されることを示しています。農林水産省としても畜産が衰退することは看過できないと考えているでしょうし、また食料対策として代替肉の開発も促進したいとの相反する対応が求められていると推察します。このような状況の下、農林水産省は国内の畜産業の生産基盤を強化するとともに、食に関する最先端技術(フードテック)を活用したタンパク質の供給源の多様化を図るなどの方策を推進する必要があり、フードテックに関わる新たな産業の課題や対応を議論する「フードテック研究会」を2020年4月に立ち上げました。ここでいうフードテックとは、最新のテクノロジーで全く新しい食品を開発したり、調理法を発見したりする技術をいい、代替肉はまさにフードテックの一つの事例といえるものです。研究会の中間とりまとめを受けて、農林水産省は食・農林水産業の発展や食料安全保障の強化に資するフードテック等の新興技術について、協調領域の課題解決や新市場開拓を促進するため、2020年10月に産学官連携による「フードテック官民協議会」を立ち上げました19)。この分野は世界の食料対策として成長産業であり企業にとって魅力ある分野であるため、食品と全く関係しない企業を含めて2022年2月時点で420の企業・団体や大学が協議会員となっています。2023年2月21日に解決するべき課題と開発されている技術動向、さらに実現したい将来の姿について記載するフードテック推進ビジョンとロードマップが公表されています19)。推進ビジョンでは、新しい産業を創出するために、オープンイノベーションの促進やスタートアップの育成を通じてプレーヤーを育成し、戦略的なルール作りや消費者理解の確立を通じたマーケットの創出が述べられています。各取組課題に対する2024年度までの実施時期がロードマップで記載されています。

 以上のように代替肉は今のところ味や食感など食肉に適わないものの、徐々にではありますが技術的に進捗していくものと考えられ、今後わが国の畜産に対する新たな脅威になることは疑いのないところです。日本の畜産の問題点を克服する手段として、また生産費の高騰が国内産食品の重要性を高めることにより、培養肉の開発を後押ししているように感じます。このまま何ら対策を講じないと、日本の畜産は確実に衰退の方向に進むものと考えられます。では今、日本の畜産を守るために、我われは何をすべきなのでしょうか?代替肉の発展の理由の一つが日本の畜産が潜在的に抱える問題点にあるのならば、その問題点を完全に克服することは困難であっても積極的に対策を講じることが重要だと思われます。具体的に述べると、まず畜産による環境負荷を軽減することで、温室効果ガスの削減のための方法を開発して実行する必要があります。特に牛の曖気(ゲップ)に含まれるメタンガスの抑制法20)や家畜排泄物処理法の開発21)は喫緊の課題であり、すぐにでも実行する必要があります。また、農業分野は地球上の淡水利用の約92%を占めており、その内の約29%は畜産による水の消費量とされています22)。家畜への飲水を制限することは難しいものの、畜舎清掃のための水など無駄な水の消費量をできる限り削減することです。さらに、使用した医薬品や飼料添加物の環境への暴露をできる限り抑えるために、基本は家畜を健康に飼育することであり、医薬品の投与をできる限り抑えることです。もし疾病に罹患した家畜がいる場合は医薬品の適正使用に心掛け誤用や過剰使用を抑えることだと思います。一方、これまでも世界から遅れていた分野にアニマルウエルフェアーへの対応があります。農林水産省ではアニマルウエルフェアーの考えに対応した家畜ごとの飼養管理指針23)を作成しており、畜産農場で確実に実施するように普及啓発活動を強化する必要があります。最後に食中毒や人獣共通感染症に対する対応です。基本は家畜の飼養に係る衛生管理の方法に関して、家畜の所有者が遵守すべき基準である飼養衛生管理基準24)を励行することでしょう。ワクチンプログラムを徹底して、家畜伝染病の予防に心がけ、薬剤耐性菌対策として治療用抗菌薬の使用をできる限り抑えることが必要です。また、これらの対応と並行して、代替肉のもつ最大の欠点であり、食肉の最大の利点である味や食感の追求があります。また消費者ニーズに即した、脂肪分の少ない家畜やアレルギー原因物質を含まない飼料で飼育した家畜など、付加価値を高める努力は今後もさらに求められるでしょう。いずれにしても、代替肉を契機に日本の畜産は大きな転換点に差し掛かってきていることは間違いなく、存続をかけた畜産の真価が問われています。

1)小林豪:2050年には食料需要が1.7倍に…。飢餓やフードロスへの危機感「食料システムサミット」が初開催.HUFFPOST NEWS  2021年9月24日.

2050年には食料需要が1.7倍に…。飢餓やフードロスへの危機感「食料システムサミット」が初開催 | ハフポスト NEWS (huffingtonpost.jp)

2)農林水産省:知ってる?日本の食料事情 その4:お肉の自給率.

その4:お肉の自給率:農林水産省 (maff.go.jp)

3)三井住友ファイナンシャルグループ:特集 タンパク質クライシスと気候変動問題を“おいしく”解消する植物性代替肉.

~特集~ タンパク質クライシスと気候変動問題を“おいしく”解消する植物性代替肉 (smfg.co.jp)

4)FAO: Key facts and findings By the numbers: GHG emissions by livestock.

FAO – News Article: Key facts and findings

5)農林水産省:畜産環境をめぐる情勢.2022年12月.index-117.pdf (maff.go.jp)

6)AFPニュース:世界初の人工肉バーガー、ロンドンで試食会開催へ.2013年8月5日.

 世界初の人工肉バーガー、ロンドンで試食会開催へ 写真2枚 国際ニュース:AFPBB News

7)Brian J. Ford: Culturing meat for the future: Anti-death versus Anti-life. 2009.

THE PHILOSOPHY OF ROBERT ETTINGER (brianjford.com)

8)Zuhaib Fayaz Bhat, Hina Fayaz: Prospectus of cultured meat-advancing meat alternatives. J Food Sci Technol. 48(2):125-140, 2011.

9)Eileen McNamara, Claire Bomkamp: Cultivated meat as a tool for fighting antimicrobial resistance. Nature Food, 3:791-794, 2022.

10) Edelman P.D., McFarland D.C., Mironov V.A.: In vitro-cultured meat production. Tissue Engineering, 11(5-6):659-662, 2005.

11) The Guardian: No-kill, lab-grown meat to go on sale for first time.

No-kill, lab-grown meat to go on sale for first time | Meat industry | The Guardian

12) Integuriculture(press release):世界初 臓器間相互作用を用いた培養生産方法を樹立-無血清基礎培地によるニワトリ・カモ肝臓由来細胞の培養法.2021年4月1日.

 世界初 臓器間相互作用を用いた培養肉生産方法を樹立―無血清基礎培地によるニワトリ・カモ肝臓由来細胞の培養法― | IntegriCulture Inc.

13)産経新聞:「培養肉ステーキ」へ一歩 日清食品、世界初の立体組織作製.2019年3月22日.「培養肉ステーキ」へ一歩 日清食品、世界初の立体組織作製 – 産経ニュース (sankei.com)

14)東京大学(プレスリリース):日本初!「食べられる培養肉」の作製に成功 肉本来の味や食感を持つ「培養ステーキ肉」の実用化に向けて前進.2022年3月31日.

 IST_pressrelease_20220331_takeuchi.pdf (u-tokyo.ac.jp)

15)清水達也:目標は「本物」のステーキ!再生医療技術で作る培養肉.ヘルシスト 271号(2022年1月10日).  目標は「本物」のステーキ! 再生医療技術で作る培養肉 (healthist.net)

16)ホットペッパー外食総研:「避ける」と思われていた食品・食品技術発表!「昆虫食」「人工着色料」を避ける人の割合は? 2023年1月19日.

 「避ける」と思われている食品・食品技術発表!「昆虫食」「人工着色料」を避ける人の割合は?|株式会社リクルートのプレスリリース (prtimes.jp)

17)Mirko Warschun, Dave Donnan, Fabio Ziemßen:When consumers go vegan, how much meat will be left on the table for agribusiness? AT KEARNEY  2020年1月8日.

When consumers go vegan, how much meat will be left on the table for agribusiness? – Kearney

18)遠藤真弘:代替肉の開発と今後の展開-植物肉と培養肉を中心に-.国会図書館 調査と情報.No.1113(2020年9月15日)代替肉の開発と今後の展開 : 植物肉と培養肉を中心に – 国立国会図書館デジタルコレクション (ndl.go.jp)

19)農林水産省:新事業創出(フードテック等).新事業創出(フードテック等):農林水産省 (maff.go.jp)

20)小林康男:家畜からのメタン生成を低減する天然物質の探索.日本農薬学会誌

36(1):124-126, 2011.

21)農林水産技術会議: 畜産からの温室効果ガスを削減する技術.

畜産からの温室効果ガスを削減する技術:農林水産技術会議 (maff.go.jp)

22)村山俊太,桐山真美,古川慶人,高橋美礼,張智翔:培養肉に関するテクノロジーアセスメント.東京大学公共政策大学院ワーキング・パーパーシリーズ(GraSPP-P-21-001). 2021年3月.(掲載用)GraSPP-P-21-001 (u-tokyo.ac.jp)

23)農林水産省:アニマルウエルフェアーの考え方に対応した資料管理指針等.アニマルウェルフェアについて:農林水産省 (maff.go.jp)

24)農林水産省:飼養衛生管理基準について.飼養衛生管理基準について:農林水産省 (maff.go.jp)

 

図1.畜産業と環境問題の関わり

図2.食用培養肉の作製

図3.世界的な食肉消費の予測

 

 

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