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「獣医学つれづれ草」 第10話 モネンシンは地球温暖化対策の切り札になるか? 田村 豊 先生

モネンシンは地球温暖化対策の切り札になるか?

酪農学園大学名誉教授 田村 豊

 家畜に使用する抗菌薬である抗菌性飼料添加物(AGP)は、餌に微量に混ぜて長期間投与し、成長促進目的で使用するものです。AGPを使用することにより、家畜の腸管内で薬剤耐性菌が選択されて、それが食品を介して人へ伝播し、人の健康に悪影響を及ぼすことの問題点が指摘されてきました。古くは1969年にAGPを家畜に使用することによる人の健康への影響を最初に公的に警告したSwann reportが公表されました1)。追随してAGPに対し最も厳しい規制処置を採用したのはEUになります。切っ掛けは1986年にスウェーデンが成長促進目的での抗菌薬の家畜への使用を禁止したことです。その後、各国での規制強化を経て、1998年にはEU全域で成長促進目的での抗菌薬の使用を一部禁止し、2006年には全てのAGPの使用を禁止しました。このようにAGPは薬剤耐性菌を生み出す元凶で人の健康への脅威として取り扱われてきたのですが、薬剤耐性菌問題を背景に表に出づらい情報の中に人の健康に有益な作用を及ぼすことで注目されているものもあります。そこで今回はAGPの有益作用としてモネンシン(Monensin)の地球温暖化対策における貢献について紹介したいと思います。

 モネンシンはポリエーテル系のイオノフォア抗生物質でAGP専用の抗菌薬になります(図12)。ポリエーテル系抗生物質は、各種金属イオンとの親和性が高くイオノフォアと称され、モネンシンはK+ と Na+ に強い親和性を有することから、1 価のカルボン酸イオノフォアに分類されます。これを約20 ppm以上を配合飼料に添加して家畜に給与すると増体量に変化はないものの、飼料摂取量が5から15%減少し、飼料効率がおよそ10%改善するとされています3)図2はモネンシンを様々な濃度で飼料に添加してフィードロット牛に給与した時の各種の効果を調べたものです3)。現在指定されている牛用(幼令期用、肥育期用)としての30 ppm添加で見てみると、日増体量はやや上昇し、飼料摂取量と要求率は対照(0 ppm)と比べ有意に減少して成長促進効果が認められます2)。実際、国内5か所で実施した試験でも、離乳後において試験群(モネンシン添加)の増体量は有意に増加し(p<0.05)、飼料要求率は有意に低下しました(p<0.05)2)。また、モネンシンは抗コクシジウム活性を有する物質として鶏や牛の抗コクシジウム剤として世界的に使用されています。ポリエーテル系抗生物質には、モネンシン以外でもサリノマイシン、センデュラマイシン、ナラシン、ラサロシドなどがAGPとして使用されています。

 一方、ご承知かと思われますが、地球温暖化について若干説明したいと思います。地球温暖化とは、人間の活動が活発になるにつれて、大気中に含まれる二酸化炭素(CO2)やメタン(CH4)などの「温室効果ガス」が大気中に放出され、地球全体の平均気温が上昇している現象のことです(図34)。地球規模で気温が上昇すると、海水の膨張や氷河などの融解により海面が上昇し、また気候変動により異常気象が頻発する恐れがあり、自然生態系や生活環境、農業などへの深刻な影響が懸念されています。当然ながら人獣共通感染症の発生にも強い影響を及ぼすものです。温室効果ガスの地球温暖化への影響は、CO2 76.7%、CH4 14.3%、一酸化二窒素7.9%、フロン類1.1%となっています。温室効果ガス排出量の内訳をニュージーランドの例で見てみると、農畜産業で実に48%を占めており、家畜由来の約70%は牛となっています(図45)。一方、日本では温室効果ガスの総排出量は12.4億トンで、農林水産分野は約5,001万トン(約4%)となっています6)。その46.8%はCH4で、その多くは家畜の消化管内発酵、つまり曖気(ゲップ)となっています(図5)。CH4の温室効果は、CO2の25倍も高いとされており、牛のゲップ対策は地球規模の課題といえそうです。そこで注目されたのは、牛のCH4低減剤でハロゲン化合物の一種であるブロムクロロメタンや、ユッカや茶葉由来のサポニン、さらに実用化されたカシューナッツの殻を粉砕・圧搾することで得られるカシュー殻液が知られています6)。またこれらの物質と同様にCH4低減剤と知られているのがモネンシンになります。

 モネンシンのメタン産生の抑制効果は、1977年頃からin vitroin vivoで報告されています8)。モネンシンの飼料添加(20ppm)が、粗飼料多給条件下のめん羊第一胃内容物のガス産生に及ぼす影響を調べたところ、モネンシン添加飼料の給与時には総ガス産生量、CO2産生量、CH4産生量が無添加飼料給与時に比べて有意に減少することが報告されています8)表1はめん羊におけるモネンシン給与が総ガス産生量、CO2産生量、CH4産生量のいずれも無添加に比べて有意に低下していることを示しています。モネンシン給与によるCH4産生量の低減効果は、モネンシン給与されている期間中に維持されています(図6)。また育成期の去勢した牛を用いた試験でも同様のモネンシンの効果が実証されています9)。すなわち、各レベルの粗飼料に1日当たり200mgのモネンシンを給与したところ、低粗飼料(粗タンパク質12.6%、酸性デタージェント繊維12%)を1 日4.1kgまたは中粗飼料(粗タンパク質12.3%、酸性デタージェント繊維27%)か高粗飼料(粗タンパク質 14.4%、酸性デタージェント繊維40%)を1 日5.4kg 給与したところ、モネンシンは低粗飼料レベルで16% (<0.05) 、高粗飼料レベルで24% (<0.01) のCH4産生量を減少させました(表2)。ではなぜモネンシンを牛に給与するとCH4産生量を減少させるのでしょうか?牛の第一胃内には様々な細菌が生息することが知られています。その内、発酵産物としてCH4を産生する細菌にMethanobacterium属菌とMethanosarcina属菌があり、いずれもモネンシンに感受性を示すことが知られています。つまり、モネンシンを牛に給与することにより、CH4産生菌が減少し、結果としてCH4低減効果が得られると考えられます。

 以上のようにモネンシンをAGPとしての規定量を牛に給与することで、CH4産生量を確実に減少させることができると思われます。また、モネンシンと同じポリエーテル系の抗菌薬にも同じCH4の低減効果があると思われます。ポリエーテル系抗菌薬は2018年に161トン流通しており、AGP全体の73.7%を占めています。これがどの程度の地球温暖化に対して影響しているかは分かりません。しかし、牛のゲップは確実に地球温暖化に影響しているとのことで、ニュージーランド政府は2025年までに温室効果ガスを排出する農家に直接課税する方針を発表しています10)。課税まで掛けるのは極端かもしれませんが、それほど畜産国では深刻にこの問題を捉えていると解釈できます。抗菌薬であるモネンシンを積極的に使用して地球温暖化対策にすることは、薬剤耐性菌の問題から推奨できるものではありません。ただ、牛のゲップ対策は今後のわが国の畜産にとって重要な課題であり、CH4低減剤の開発は積極的に取り組む必要があるものと思います。なお、このコラムを執筆するに当たってモネンシンを調べていたところ、CH4産生低減効果とともに悪性腫瘍であるメラノーマを抑制する効果11)もあるとの報告がなされています。抗生物質のもつ潜在的な能力の多様性について改めて認識させられました。

1)Swann MM, Blaxter KL, Field HI, Howie JW, Lucas IAM, Murdoch JC, Parsons JH, White EG:  Joint committee on the use of antibiotics in animal husbandry and veterinary medicine. 1969.Her Majesty Stationary Office-London.

2)農林水産省消費・安全局畜水産安全管理課:飼料添加物の効果安全性について(案) モネンシンナトリウム.平成27年3月2日

index-14.pdf (maff.go.jp)

3)左 久:肥育牛飼養における飼料添加物の利用.北畜会報 38:1-8, 1996.

4)国土交通省気象庁:地球温暖化と10年規模変動.

気象庁|地球温暖化と十年規模変動 (jma.go.jp)

5)大塚健太郎,井田俊二:ニュージーランドの酪農業界における環境問題への取り組

み.畜産の情報(ALIC)2019.8 https://www.alic.go.jp/content/001167487.pdf

6)農林水産省:気候変動に対する農林水産省の取組.2020年11月20日.

 https://www.maff.go.jp/j/kanbo/kankyo/seisaku/GR/attach/pdf/s_win_abs-71.pdf

7)小林康男:カシューナッツ副産物給与によるウシからのメタン精製削減.環境バイオテクノロジー学会誌 13(2):89-93, 2013.

8)牛田一成,宮崎昭,川島良治:モネンシンの添加が粗飼料多給めん羊の第一胃内におけるガスおよびVFA産生像に及ぼす影響.日畜会報 53(6):412-416, 1982.

9)Thornton JH, Owens FN: Monensin supplementation and in vivo methane production by steers. J Animal Science 52(3):628-634, 1981.

10)共同通信:NZ、牛のゲップに課税へ 25年、農業団体は猛反発.2022年10月11日.https://news.yahoo.co.jp/articles/e5526861ac1363a105533ff82125ab0dfd793ec7

11)Xin H, Li J, Zhang H, Li Y, Zeng S, Wang Z, Zhang Z, Deng F: Monensin may inhibit melanoma by regulating the selection between differentiation and stemness of melanoma stem cells. PeerJ 7:e7354  http://doi.org/10.7717/peerj.7354

図1.モネンシンの化学構造式

図2.モネンシン(MN)の投与水準と効果

図3.世界の年平均気温偏差

図4.ニュージーランドでの温室効果ガス排出量の内訳

図5.日本の農林水産分野の温室効果ガス排出量

表1.ガス産生におけるモネンシンの効果

図6.モネンシン添加によるメタン産生量の推移

表2.牛におけるモネンシンのメタンガス産生低減効果

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